2022

年が明けたので文章を書く。最近は考えながら文章を書くのが嫌で、何も考えずに書くようにしている。ただぼーっとしながら、パソコンのキーボードの上で手が動いているだけ。キーボードの上の指の動きは軽やかで、踊っているようにも見える。踊りはなるべく止めたくないので、ただただ文章が流れていき、無意味な文章が綴られていく。書くことには詰まるけど、その場合は詰まっていることを正直にそのまま書けば良いだけで、だから困ることはない。もちろん文章を書くからには、何かしら有意味なものを作り出したいけど、そのモチベーションは年々薄れてきている気がする。目の前にあるのはモニター、その横には時計があり、時間を教えてくれる。とは言ってもデジタル時計なので、無機質にただただ数字が増えているだけで、正直時間が経過しているという感覚はない。その時計が教えてくれるのは、走っている選手のスナップショットだけで、あの軽やかな跳躍は全く伝えない。だから見ていて疲れないし、面白くもない。

 

午前は駅伝が放送されていたはずだが、寝ていたので当然観ていない。昨日はサッカーを観た。楽しかった。さっきもテレビをつけたらサッカーをやっていた。高校サッカー。グラウンドが汚かった。テレビ神奈川。神奈川生まれで、長いこと神奈川に住んできたせいか、神奈川には思い入れがある。tvkもよく観ている。ただ、神奈川が何の川なのかは未だに分からないし、個人的には鶴見川が一番神奈川を代表する川だと思い込んでいる。綱島と大倉山の間の川。東横線から見える川が好きで、特に多摩川。新丸子と多摩川の間で、多摩川を通ると急に景色が開ける。スマホを夢中に操作していた人たちのうち何人かが、ふと顔を上げてあたりを見渡す。あの場で共有される時間が好きだ。

 

勢いだけで、文章を書いていると、当然どこに帰着するかは分からない。あてもない散歩のよう。だけど散歩のときは大体の方角は分かってるし、それと一緒でこの文章もおおまかな方向性は掴めているのかもしれない。何かを即興でやるときには、だいたいの行き先の予感みたいなものは必ずある。最近はキーボードが不調なのが悩みで、「あ」を入力するとときどき二連続で「ああ」と入力されてしまう。最初は、自分の小指に変な癖がついて勝手に二重で入力しているのかと思っていたけれども、どうもこれは機械の不調らしい。もう余計な「あ」を消すことには何とも思わなくなってきたし、実際ここに来るまで何十回も消しているのだけれども、この余計な「あ」によって文章のリズムが変わっているのは間違いない。おそらくこの不調が無ければ、ここまでの文章は大きく変わっているはずだ。即興でものを書くこととは、そういうこと。

 

このような試みをし始めたのは、ジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロード』を読んだことがきっかけになっているのかもしれない。ケルアックは、三週間でその本を書き上げたと言われているが、そのときタイプライターをノンストップで打ち続けるため、紙を繋げてトイレットペーパーのようにしていたと言う。だから、『オン・ザ・ロード』を読むとその呼吸がありありと伝わってくるし、あんな文章を書きたいと心底思わせてくれる。おそらくケルアックとの違いは、日本語だと文章をいちいち変換しなければいけないということで、だから英語のようにスピーディーには書けない。だけどその変換の手間が何よりも愛しかったりもする。変換ができること、漢字を選べること、ここに自由を感じるし、小学生低学年の頃に漢字を覚えることで少しずつ世界が広がっていったあの感覚、を未だに覚えている。

 

パソコンで物を書くスピードは丁度いい。手書きだと疲れてしまうし、書いている間に飽きてしまう。パソコンなら飽きる前にどんどん文章を作り出せる。画面を眺めながら、文字が一文字ずつ生成されていくのは見てて心地よいし、変換するときに文字が、ひらがなが、変身するのは面白い。実際にそれは一瞬のうちに起こってしまうので、それを楽しむ暇は無いのだけれども、おそらく無意識のうちにそれらの仕掛けが、文字を入力する人を飽きさせないようにしれくれているのだろう。パソコンのある時代に生まれてきたことは奇跡で、無かったら文章は書いていなかったかもしれない。

 

そもそもパソコンという名称自体が古くなっている気もする。パソコン、と聞くと思い出すのはパソコン教室。昔は街中でよく見かけた気がするが、最近は見ない。初めてフロッピーディスクを手にした小学校の授業を覚えている。ペイントで何か絵を書いて、それをフロッピーディスクに保存した。その上に貼ってある白いシールに、クラス出席番号名前を書いた。クラスのフロッピーディスクはまとめられて、一つのケースにしまわれていた。コンピューター教室の床はどの学校も一緒だ。固くも柔らかくもない絨毯。

 

昔、コンピューター教室に買ったばかりのイヤフォンを忘れたことがあった。昼休みに探しに戻ると、それは無くなっていた。普段からあまり物を無くさない、もしくは無くしたものの事は忘れてしまう。ヨーロッパに行ったときはウォークマンを無くした。おそらくレンタカーの中に忘れてしまったのだが、レンタカー屋に問い合わせても見つからなかった。誰かが使っているならそれで良い。川に落とすよりは。多摩川、神奈川、鶴見川。三文字の川と三本の線。「川」という漢字を見て連想する川。流れに浸りたい川。「三」を90度回転させるだけでは「川」にならない。この少しのカーブが自然とのつながりになる。きわめて人工的な「三」から、大地の「川」へ。少しずつ、自然の中に入っていく。明日は戸隠に行く。